龍馬の家族
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龍馬の家族
父:直足(なおたり)1797-1856
土佐藩郷士、坂本家第3代当主。隠居後の呼称は八平(はちへい)。
寛政9年(1797)土佐郡・潮江村の白札郷士、山本信固の次男として生まれた。
幼少期から槍に秀で、後年は免許皆伝。16歳の頃、坂本家の婿養子として入籍。
坂本直澄の一人娘・坂本幸の夫として、郷士坂本家の3代目の当主となった。
武芸に優れ、書や和歌、学問にも精通、また富を築き「城下公方」と呼ばれるほど
の経営手腕を見せた。龍馬に対しては、幼少期から厳しかったといわれるが、龍馬
が江戸の剣術留学に出立する際には、『修行中心得大意』を贈り、励ました。後年、
江戸藩邸にいた龍馬は、八平の死を知らされて号泣したという。
 なお幸が死去したのち、北代重治の娘、伊予と再婚している。

母:幸(こう)1796-1846
直澄の一人娘で、養子として迎えた直足との間に二男三女をもうけた。長男・直方
を授かったときは10代と若かったが、龍馬を身ごもったときは40歳前の高齢で母乳
が出ず、乳母のおやべが保育にあたった。また、幸は幼い頃から大の猫好きで、眠
る折も猫を懐に抱いていたほどだったいう。龍馬が甘えっ子育ったのは、このような
事情が関係していたのかも知れない。
ところで、幸は龍馬を懐妊中、体内に風に翻るように火を吹く龍が飛び込んだ夢を
見たことがあり、生まれたばかりの龍馬の背中が馬のたてがみのうような一塊の毛
が生えていたたことから、自ら「龍馬」と呼ぶようになった、と伝えられている。
幸は末子の龍馬を大変可愛がったが、その成長した姿を見ることなく世を去った。

兄:直方(なおかた)1814-1871、通称は権平(ごんぺい)
坂本直足の長男。末っ子の龍馬とは21歳の年齢差があり、後年は龍馬の親代わり
の存在でもあった。龍馬がよく可愛がった姪・春猪の父でもある。
嘉永四(1851)に、父・八平が病弱を理由に家督を譲り受けた。龍馬の土佐脱藩
には断固反対の立場を取っていたが、のちに理解を示し、資金援助という形で龍馬
の志士活動を陰で支えた。
生涯に河原塚千野、大石直、福富仲と、三人の妻をめとったが千野とのあいだに
生まれた男子・富太郎が早世したため龍馬を養子に迎えようとしたこともある。
権平は砲術に長け、古式砲術はもとより高島秋帆の洋式砲術・高島流砲術を会得
し、そのどちらも奥義許しを得ている。龍馬も砲術の稽古をし、中々の腕前になって
いたという記録が残っている。

長姉:千鶴(ちづる)1817-1861
坂本直足の長女。夫は高松順蔵。子に太郎(坂本 直)と(坂本)直寛。
夫の順蔵は、江戸へ出て経書や歴史、儒学など教養を身につけ、剣は長谷川流の
居合術を習得し、名人の域に達したという。順蔵と千鶴との夫婦生活は大変円満な
ものであったようで、龍馬は親子ほども年の違う この姉や義兄に懐き、よく遊び
に行ったらしい。当時、高松家で働いていた女中の話によると龍馬はブラリと遊び
に来ては見晴らしの良い縁側で一日中、安田浦の海を眺めていたという。
また、順蔵の開いた私塾の門下生には、中岡慎太郎や石田英吉、安岡斧太郎らが
いて、順蔵との交流は龍馬に大きい影響を与えたとも言われている。
なお、千鶴はが龍馬の江戸修行中に「じぶんニきお付けんと、今ハきおつける人も
ないぞよ」と龍馬を我が子のように気ずかった手紙を書き送っている。

次姉:栄(えい)1820頃?-1845
坂本直足の二女。夫は土佐藩士・柴田作左衛門。
栄に関しては、ほとんど記録らしい記録もなく、伝わる所によれば柴田家に嫁いだ
ものの子宝に恵まれず離縁されたという。また、龍馬の脱藩が原因で柴田家に責
任が及ぶのを懸念して離婚したという説もある。

末姉:乙女(をとめ)1832-1879
坂本直足の三女。本名は留(とめ)。夫は土佐藩典医・岡上樹庵。
いわずと知れた、龍馬の4歳年上の実姉。身長175cm、体重110kgという大柄で、
ついた異名は「坂本のお仁王様」。 薙刀が得意であったことは有名だが、そのほか
剣術・弓術・水泳などの武芸や、三味線・舞踊・絵画・浄瑠璃まで身につけた、まさ
に文武両道の豪傑である。
弘化3年(1846)に母・幸が死去すると、龍馬の母親代わりを務め、書道・和歌・
剣術などを教え、また彼が当時患っていた夜尿症を治療したこともあったとう。
脱藩から株式会社設立まで、破天荒な生き方をする弟・龍馬のよき理解者であり
、龍馬も乙女には気を遣い、手紙で近況をしばしば報告していた。
安政3年(1856)、典医・岡上樹庵と結婚して一男一女(赦太郎
・菊栄)をもうけるが、家風の相違や夫の暴力・浮気などが原因で慶応3年(1867
)に離婚し、実家に戻った。
晩年は独(どく)と改名し、養子の坂本直寛(のち北海道北見市の開拓に従事)と
共に暮らし、年明治12年(1879)、壊血病に罹り死去した。享年48歳。

なお長女の岡上菊栄は、高知県での慈善活動や社会事業家として著名であり
、今も続く高知の博愛園の初代園母でもあった。

千鶴の長男:高松太郎(1842-1898)のち、坂本直(なお)
剣を日根野弁治に学び、武者修行の旅先で武市瑞山の薫陶を受け、土佐勤王党
に加盟、京へ上り尊壌運動に奔走する。坂本龍馬に勧められ、千屋寅之助とともに
勝海舟に入門、航海術を学び、神戸海軍操練所へと進むなど、終始坂龍馬と行動
を共にした。土佐勤王党弾圧後は帰国令を無視し、脱藩の身となった。
勝海舟失脚による神戸海軍操練所閉鎖後は、一旦薩摩藩の庇護を受け、その後
長崎に出て亀山社中結成に参加、さらには海援隊の中心人物の一人として龍馬を
助け、活躍した。
維新後は新政府に出仕し、函舘裁判所権判事として函舘の五稜郭に赴任、清水
谷公考総督に従い蝦夷地経営に尽力する。明治四年、朝廷の命に依り龍馬
の家督を継ぎ永世十五人扶持を給せられ、名を坂本直と改めた。
家督相続後、東京府に出仕して典事を命ぜられ、更に宮内雑掌、
舎人を歴任したたが、キリスト教を信奉した晩年は不遇だった。

千鶴の次男:高松習吉(1853-1911)のち、坂本南海男、直寛(なおひろ)
明治2年(1869)17才で、叔父・坂本権平の養子となり南海男(なみお)と改名。
明治9年設立の高知立志学舎に入学、原書で英学を学ぶなど成績は優秀。やがて
全国的に高まりを見せる自由民権運動に参加、活躍するようになり、明治17年に
は高知県会議員に当選して名を直寛に改名。翌年高知教会で洗礼を受け、キリスト
教徒となる。政治家として活躍するも当時の藩閥政治に強く抵抗し、明治20年に
保安条例抵触として投獄。2年後に釈放されたが、水難事故で妻・鶴井(つるい)や
義妹の富(とみ)を失うなどの苦難が続いた。
明治26年政治活動から離れ、キリスト教義に基づく聖村の実現を目指し、合資
会社北光社を設立。明治31年北海道に移り、北見開拓を目的として北一条教会を
助けて活躍したが、明治44年、胃がんのため59歳で死去。

権平と千野の娘:坂本春猪(1843-1915)のち、三好美登
龍馬は、この8歳違いの姪を、まるで妹のように可愛がった。龍馬が春猪の顔の
アバタを金平糖の鋳型と言ったり、長崎から「外国のおしろいと申もの」を送ったこ
とや、春猪が龍馬にかんざしをねだったことなどが、龍馬が乙女や春猪に宛てた手紙
からもわかる。なお、龍馬が春猪に宛てた手紙は2通確認されている。
 春猪は、文久3年(1863)郷士鎌田実清の次男清次郎を婿養子に迎え、長女鶴井と
次女兎美(富)を生む。のち鶴井は坂本直寛を養子に迎えて坂本家を継いだが、明治
22年、25歳のとき妹の富とともに桂浜に近い種崎海岸で水難事故に遭い死去した。
 清次郎は慶応3年(1867)脱藩し、龍馬を頼って海援隊入りしたが、明治3年(1870
)帰国したあと坂本家を出て名を三好賜(後に清明)と改めた。春猪も三好家に入って
名を美登と改め、長男・譲と長女・亀代をもうけた。譲は早逝、亀代は後に税務官吏、
楠瀬済の後妻に入った。
 春猪は夫の没後、札幌で牧師をしていた坂本直寛を頼ったが、直寛の後妻と折り合わ
ず高知に帰り、亀代の嫁ぎ先である楠瀬家で暮らし、73歳の生涯を閉じた。
図1龍馬家族の系図

写真1八平が龍馬に贈った「武者修行心得」
一、片時も忠孝を忘れず、修行第一の事。二、諸道具に・・・・

写真2晩年の直行(権平)

写真3千鶴が修行中の龍馬に送った手紙

写真4晩年の乙女

写真5乙女と岡上樹庵の長女、岡上菊栄
(上:少女時代、下:晩年)

写真6高松太郎(坂本 直)

写真7高松南海男(坂本直寛)

写真8坂本家の子孫(明治31年、坂本直寛一家の北海道移住記念)
最上列の右から二番目は千鶴の長男・高松太郎.龍馬の家系をを相続し
坂本直と名乗った.その右は妻の留.
直の左は千鶴の次男の直寛、17歳の時、叔父・坂本権平の養嗣子となった.
最上列左端は、千鶴の長女・茂(しげ)の夫、郷士・弘松宣春

図2左写真の人物説明

参考文献
写真・図面引用先
写真1 八平が龍馬に贈った「武者修行心得」:http://blogs.yahoo.co.jp/ryoma_3260/23826498.html  父から龍馬にあてた「修行中心得大意」
写真2 晩年の直行(権平):https://ja.wikipedia.org/wiki/坂本権平
写真3 千鶴が修行中の龍馬に送った手紙:http://kyuno.web.fc2.com/ryouma01.html 龍馬を愛した女性たち
写真4 晩年の乙女:http://blog.goo.ne.jp/fuga-buriki-can/e/5dfe6ed351ddcd52fe2899ef7788d18a Discover the 「風雅のブリキ缶」
写真5 乙女の長女、岡上菊栄:http://yamanashi-kaientai.com/otomesan.files/sakamotootome.html おばあちゃんは ここぞね
写真6 高松太郎(坂本 直):旧ふきのとうドットコム
写真7 高松南海男(坂本直寛):http://yasudacksk.blog72.fc2.com/blog-entry-264.html 龍馬がらみの安田の先人(4)高松習吉
写真8 坂本家の子孫:http://homepage3.nifty.com/kaientaidesu/html/taishi4.htm、(4) 高松太郎 〈土佐〉 「高松清行・栄太郎・多賀松太郎・坂本直・小野淳輔」

図 1 龍馬家族の系図 :http://matsuyama.web7.jp/chokou/ryoma/ 坂本直行先生と坂本龍馬
図 2 左写真の人物説明 :http://ameblo.jp/takana-ame/archive-201008.html 高菜のブログ

龍馬の家族参考文献
http://nangokutosa.blog47.fc2.com/blog-entry-774.html 坂本 幸 - 龍馬の母

https://ja.wikipedia.org/wiki/坂本幸

https://ja.wikipedia.org/wiki/坂本直足

https://www.city.kochi.kochi.jp/deeps/01/0104/rekishi/re1007.htm 高知市歴史散歩 権平兄さん

http://sakamoto-ryoma.sakura.ne.jp/kakeizu/kakeizu.html 坂本龍馬 龍悠会 坂本権平

http://ryomado.in.coocan.jp/Sakaryo/SRrelated/saryo_related11-01.html 龍馬堂 坂本直方 権平

http://ryomado.in.coocan.jp/Sakaryo/SRrelated/saryo_related11-01.html 坂本権平

http://ryomado.in.coocan.jp/Sakaryo/SRrelated/saryo_related11-01.html 龍馬堂 坂本直方 権平

https://ja.wikipedia.org/wiki/坂本乙女

http://bakumatsu.org/men/view/201 幕末ガイド 坂本乙女

http://blog.goo.ne.jp/fuga-buriki-can/e/5dfe6ed351ddcd52fe2899ef7788d18a Discover the 「風雅のブリキ缶」

http://yamanashi-kaientai.com/otomesan.files/sakamotootome.html おばあちゃんは ここぞね

https://ja.wikipedia.org/wiki/岡上樹庵

http://www5e.biglobe.ne.jp/~BCM27946/okanouekikue.html 岡上 菊栄

http://www.tosa-jin.com/okanouekikue/okanouekikue.htm 岡上菊栄 伝

http://www5e.biglobe.ne.jp/~BCM27946/okanouekikue.html 日本キリスト教女性史

http://konn3563.seesaa.net/article/165046865.html 幕末偉人伝(無名の偉人たち)

http://kyuno.web.fc2.com/ryouma01.html 龍馬を愛した女性たち


http://www.ryoma-den.com/shiryou/sakamoto.html 坂も龍馬人物伝 坂本家 坂本千鶴(さかもとちづる)

http://homepage3.nifty.com/kaientaidesu/html/taishi4.htm (4) 高松太郎 〈土佐〉

https://ja.wikipedia.org/wiki/坂本春猪 坂本 春猪 / 三好 登美

http://www.ryoma-kinenkan.jp/study/qa/person/post-62.php 坂本春猪について - 高知県立坂本龍馬記念館

http://nangokutosa.blog47.fc2.com/blog-entry-1083.html 南国土佐へ来てみいや

http://yasudacksk.blog72.fc2.com/blog-entry-264.html 龍馬がらみの安田の先人(4)高松習吉(坂本直寛)

http://www.ryoma1115.com/hokkaido/3.html 龍馬の志を継いだ人々

http://ameblo.jp/takana-ame/archive-201008.html 高菜のブログ

http://www.ryoma1115.com/hokkaido/2.html 北海道坂本龍馬記念館 北海道に渡った坂本家

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