(クリックで→マップ拡大

桂浜の龍馬像引用先:http://wwwe.pikara.ne.jp/
kagamigawa/douzou.htm 坂本龍馬銅像


3. 土佐:龍馬、進むべき道を模索
   (1854〜61年 龍馬 20〜27歳)

安政元年(1854)故郷に戻った龍馬の
胸中に、剣一筋への疑問が広がる.

帰朝したジョン万次郎の米国生活の
聞き取り内容を『漂巽紀略』に表した
河田小龍 を訪ね、西洋事情を学び、
武市半平太の薦めで資治通鑑を熟読、
など、模索の日々が続く.

なお、安政元年には南海トラフを
震源とする大きな地震が土佐であり
坂本家は無事だったが
武市家は道場の倒壊などの被害を受けた.
さらに翌、安政2年(1855)には、江戸に
直下型地震があり大被害が発生している.

安政3年、再び江戸修行、北辰一刀流
の目録を得て翌々年24歳で帰国. 
帰国直前、龍馬は道場主・千葉定吉の
長女、佐那子と婚約したとされる.

帰国直後、龍馬は立川関の荷宿で
水戸藩・住谷寅之助と会見しているが、
その後3年間の行動には不明点が多い.

そして文久元年27歳、一旦は
武市半平太の土佐勤王党に加盟したが・・・