天保山の移り変わり
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  天保山の推移(てんぽうざんのうつりかわり)

  龍馬の時代、瀬戸内海や紀伊水道から大坂を目指す船は、天保山を
目印に安治川河口に入り、錨を下ろし停泊した。 旅客や積み荷はここで
艀や手漕ぎ船に移され、碁盤の目のように発達した堀川をたどりながら
大坂市中のそれぞれの目的地へと向かうのだった。              

 天保の大川 浚(さらい)
  木津川と並んで大阪湾から大坂市中へ遡る二大航路の一つであった
安治川は、当時は淀川の本流であり、淀川が運ぶ大量の土砂を浚渫する
必要が生じた。そこで、市中への大型船の入港を容易にし、洪水を防止
する目的で、天保2年(1831)から約2年間、安治川では「天保の大
川浚(さらい)」とよばれる大浚渫工事が行われた。
  大坂町人の熱の入れようは相当なもので、大坂町奉行指揮のもと、
延べ10万人以上の労働力がつぎ込まれた浚渫工事は、工事自体がお祭
り騒ぎだったと伝えられている。

  安治川から浚えられた土砂は、入港の目印となるよう河口に積み上
げられて高さ十間(約20m)ほどの築山となり、当初は目印山と名づけ
られたが、後に築かれた時の元号から天保山と称されるようになった。

  また、この浚渫工事により天保山の周囲に町が出現した。海岸べり
に高灯籠(灯台)が設けられ、山には松や桜の木が植えられて茶店など
も置かれ、大坂でも有数の行楽地となった。当時の舟遊びをする人々の
姿は歌川広重などによって浮世絵に描かれている。
 なお、江戸時代を通じて 天保山は大坂町奉行の直轄地とされた。
 図1 浮世絵:天保山遠望

 図2 江戸時代の天保山地図(弘化4年大坂指掌図部分)

 図3 浮世絵「天保の大川浚い」歌川広重

 図4 浮世絵「舟遊びをする人々」歌川広重

 図5 浮世絵「摂州阿治川口天保山」葛飾北斎 諸国名橋奇覧

 図6 浮世絵「摂津安治川口」歌川広重 山海見立相撲

 幕末以降の天保山推移
  安政元年(1854)秋、ペリー来航に遅れること約1年、ロシアのプチャー
チン率いる黒船ディアナ号が大阪湾に侵入し、天保山沖合約2kmの地点に碇を
降ろした。それまで噂でしか耳にしたことがなかった黒船が突如目の前に現わ
れたことで、大阪の役人、庶民は上を下への大騒ぎになった。

  大阪城代は、諸藩に出兵を要請、天保山の本陣を囲むように薩摩兵500騎を
はじめとする大軍が陣を敷き、さらに大小多数の船がディアナ号を囲むように
配備された。適塾の塾生が通訳にかり出されたがオランダ語は通じず、湾岸は、
不安に駆られて黒船見物に訪れる農民達で溢れたという。

  幸い 半月後にプチャーチンは碇を上げて湾外へ出て行ったが、この「天保
山の黒船」騒ぎに危機感を持った幕府は、その後天保山を削って、砲台を持つ
「お台場」を築いている。

 お台場の設置によって標高が低くなった天保山は、戦後の高度経済成長期の
地下水のくみ上げによる周辺の地盤沈下で さらに標高が低下し、昭和46年
(1971)に7.1m、昭和52年(1977)には4.7mに低下した。そして平成
5年(1993)には4.53mとなって国土地理院の地形図から山名と標高が抹消
されたが、地元からの強い要望で平成8年(1996)再掲載された。

  なお、平成26年(2014)の国土地理院調査によれば、標高3mの日和山
(仙台市)に次いで、全国で2番目に低い山ということになってはいるが、
、 現実には標識がなければ山の頂上も見分けがつかない有様である。
 図7 天保山諸家警備之図

 図8 天保山台場地図

 写真1 天保山砲台の古写真

 写真2 現在の天保山(標識のあるところが山頂)

 図10 天保山周辺マップ

 図9 現在の天保山ベイエリアマップ

            参考文献
 写真・図面引用先
  写真1 天保山砲台の古写真:https://twitter.com/daibamori 台場守 大阪百景
  写真2 現在の天保山:http://blogs.yahoo.co.jp/night_owl1013/65145344.html 天保山登山日記
  図 1 浮世絵:天保山遠望:旧ふきのとうドットコム
  図 2 江戸時代の天保山地図:(弘化4年大坂指掌図部分)旧ふきのとうドットコムより引用
  図 3 浮世絵「天保の大川浚い」:http://blog.livedoor.jp/myacyouen-hitorigoto/archives/30929727.html エナガ先生の講義メモ 江戸時代の天保山
  図 4 浮世絵「舟遊びをする人々」:http://blog.livedoor.jp/myacyouen-hitorigoto/archives/30929727.html エナガ先生の講義メモ 江戸時代の天保山
  図 5 浮世絵「摂州阿治川口天保山」:https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hokusai100/ 葛飾北斎 諸国名橋奇覧
  図 6 浮世絵「摂津安治川口」 :http://blog.goo.ne.jp/goodschubert1/e/f1d4d6e0c660b5f245b48d80bab597ca 広重の浮世絵「摂津安治川口」山海見立相撲
  図 7 天保山諸家警備之図:http://blog.livedoor.jp/shihobe505/archives/28486456.html 面白きことなき日々を面白く
  図 8 天保山台場地図:http://blog.goo.ne.jp/luckyhillson/e/ffdd80fc533b0620846c6de4c7294747 ROSSさんの大坂ハクママナタ 江戸時代の天保山
  図 9 現在の天保山ベイエリアマップ:http://www.osakabayarea.com/map/map_ten.html OSAKABAYAREA マップ:ベイエリアNOW
  図10 天保山周辺マップ:http://blog.goo.ne.jp/yakuoji/e/b84e7ba8aa65746ab4745283de0318c6 あるいて健康 奈良県歩け歩け協会 例会予定

天保山参考文献
https://ja.wikipedia.org/wiki/天保山

http://blog.livedoor.jp/shihobe505/archives/28486456.html 面白きことなき日々を面白く

http://blog.goo.ne.jp/luckyhillson/e/ffdd80fc533b0620846c6de4c7294747 ROSSさんの大坂ハクママナタ 江戸時代の天保山


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