地図引用先:http://www.e-kyoto.net/rekisi/99
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 12. 京都:維新を見ず、龍馬散る
      (1867年 龍馬 33歳)

  慶応三年京の風雲は急を告げる.前年
 末の孝明天皇崩御以降、中岡晋太郎
 岩倉具視を軸に薩長が倒幕に動き出し、
 土佐藩の失地を危惧した後藤象二郎は
 龍馬に助力を求める. 龍馬は「土佐藩
 が幕府に大政奉還建白」という案を後藤
 に授け、共感した後藤の要請で山内容堂
 に上申のため、六月、長崎から土佐藩船
 夕顔丸で大坂に向かう. この船中で、
 龍馬が口述説明し同行の長岡謙吉が筆記
 したのが有名な船中八策である.

  曲折はあったが薩長の倒幕指向に危機
 感を持った慶喜は十月大政を奉還、歴史
 の大きな歯車が動いた.

  しかし運命の十一月十五日夜、河原町
 の近江屋の二階で中岡慎太郎と歓談中
 何者かに襲われ、龍馬即死、三十三歳.
 中岡慎太郎は二日後絶命、三十歳.
  →近江屋事件

   そして、翌慶応四年(明治元年)
  一月三日鳥羽伏見の戦い始まる.