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 中岡慎太郎(なかおかしんたろう)

 天保9年(1838)〜慶応3年(1867)幕末の志士、陸援隊隊長。
 土佐国安芸郡北川郷柏木村(現 高知県安芸郡北川村柏木)に北川郷の大
庄屋 中岡小傳次の長男として生まれる。安政元年(1854)間崎哲馬に経史
を学び、翌年には武市半平太(瑞山)の道場に入門し剣術を学ぶ安政4年(18
57)野友村庄屋利岡彦次郎の長女・兼(かね)15歳と結婚。

 文久元年(1861)、武市半平太が結成した土佐勤皇党に加盟し志士活動を
展開し始める。この頃坂本龍馬を知る。
 文久2年(1862)長州藩の久坂玄瑞・山県半蔵とともに、松代に佐久間象山
を訪ね、国防・政治改革について議論し意識を高揚。

 文久3年(1863)京都での八月十八日の政変後、土佐勤皇党大弾圧が始まる
と脱藩、同年9月長州に亡命。以後、長州藩内で脱藩志士たちのまとめ役とな
り、また、周防国三田尻に都落ちしていた三条実美の随臣(衛士)となる。

 元治元年(1864)石川誠之助を名乗り上洛、薩摩藩の島津久光暗殺を画策
たが果たせず、また脱藩志士たちを率いて禁門の変、下関戦争を戦い、負傷。

 以後、活動方針を単なる尊皇攘夷論から雄藩連合による武力倒幕論に転じ、
再会した坂本龍馬とも協力し、長州藩の桂小五郎と薩摩藩の西郷吉之助の会合
による薩長同盟締結を悲願として活動し始める。そして、慶応2年1月(1866)
薩摩藩家老 小松帯刀の京都邸において薩長の和解と薩長同盟が結実した。

 またこの頃、文久2年(1862)から洛北岩倉村に蟄居幽閉されていた岩倉具視
を、坂本龍馬や薩摩藩の大久保利通らと訪れて 王政復古の密議を行っていた。

 慶応3年(1867)3月龍馬ともども土佐藩から脱藩罪を赦免される。その後、
倒幕・王政復古実現のための薩土盟約が締結に尽力、さらに薩土芸三藩約定書に
拡大発展したが、土佐藩単独の大政奉還建白書によって有名無実になった。

 しかしながら、これらの慎太郎や龍馬の一連の労苦は、結果的に土佐藩内の
旧態依然とした兵制を改革させる決定的契機となり、土佐を戊辰戦争において
薩摩・長州・肥前と並ぶ倒幕の主要勢力たらしめ、、土佐出身者を長州・薩摩
・肥前出身者同様に幕末・明治をリードする主要政治勢力たらしめた。

 なお、慶応3年(1867)6月、かねてから長州で見聞していた奇兵隊を参考に
陸援隊を組織し、自ら隊長となり、白川土佐藩邸を陸援隊の本拠地と定めた。

 しかし同年11月15日夜、京都河原町近江屋2階で坂本龍馬と歓談中何者かに
襲われ2日後三十年の生涯を閉じた。

 写真1 中岡慎太郎

 図1 中岡慎太郎生家跡マップ

 図2 中岡慎太郎生家付近マップ

 写真2 中岡慎太郎生家跡に再現された住居

 写真3 中岡慎太郎遺髪埋葬地(左側は妻・兼の墓)

  図3 中岡慎太郎 史跡マップ(京都)

 
 写真4 中岡慎太郎寓居跡(四条河原町)

 「中岡慎太郎寓居之地」は、京都市中京区河原町通り
 四条上ル東側米谷町にあった、土佐藩御用達書林の
 菊屋(鹿野安兵衛宅)であったと言う。
  現在はあぶらとり紙屋さんになっていて、
 道路に面して記念碑が立っている。
 
 写真5 陸援隊屯所跡(京大農学部)


 上の写真は京大農学部熱帯植物の植栽地。
 この左手一帯が陸援隊屯所跡とされている。
 写真6 岩倉具視幽棲旧宅(叡山電鉄岩倉駅北方)

 国指定史跡岩倉具視幽棲旧宅
 洛北の岩倉村で文久2年(1862)から慶応3年(1867)までの間、
 岩倉具視が幽棲した旧宅。大久保利通、中岡慎太郎、坂本龍馬らが
 来訪し、王政復古の密議を行った座敷が残されている。
  岩倉具視は中岡の死を聞き「片腕をもがれた」と悲泣したと云わ
 れ、大久保一蔵(利通)宛ての手紙に「この恨み必ず報ぜざるべか
 らず」としたためている。

 写真7 龍馬と晋太郎の墓所(京都霊山護国神社)

  坂本龍馬と並ぶ中岡慎太郎の墓碑
  幕末、東山・霊山の霊明社で志士たちを神道式で葬る祭祀が行われ、
 霊山は志士たちの葬送の地となった。京都霊山護国神社は、明治維新を
 目前にして倒れた志士たちを祀るため慶応4(明治元年・1868)、明治
 天皇の発案により創建された日本初の招魂社。坂本龍馬をはじめとする
 有名無名の志士たちの墓碑が並ぶ。

            参考文献
 写真・図面引用先
  写真1 中岡慎太郎:旧fuki_no_tou.com 坂本龍馬ゆかりの地と人々
  写真2 中岡慎太郎生家:http://www.chugeikanko.com/cat_kanko/rekishi/post_18.php 中岡慎太郎生家 - 中芸観光協議
  写真3 中岡慎太郎遺髪埋葬地:http://www.shotentai.com/nakaoka/nakaoka-6.html 中岡慎太郎の最期(近江屋)(翔天隊.com)
  写真4 中岡慎太郎寓居跡:http://bakumatsusanpo.com/nakaoka_shintaro_guukyo.html 「中岡慎太郎寓居之地」
    写真5 陸援隊屯所跡:http://72843769.at.webry.info/201404/article_4.html 資料の京都史蹟散策
  写真6 岩倉具視幽棲旧宅:http://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000149957.html  京都市情報館
  写真7 龍馬と晋太郎の墓所:http://kanko.city.kyoto.lg.jp/ryoma/area03.html  坂本龍馬と歩く京のまち:東山かいわい
  図 1 中岡慎太郎生家跡マップ :http://www.kitagawakanko.net/kanko/nakaokashintaro.html  中岡慎太郎史跡 日本を変えた中岡慎太郎の生まれ故郷をさんぽ
  図 2 中岡慎太郎生家付近マップ :http://www.shotentai.com/nakaoka/nakaoka-6.html 中岡慎太郎の最期(近江屋)(翔天隊.com)
  図 3 中岡慎太郎 史跡マップ :http://plumtour.com/kyoutomap.html 京都 観光・ホテルマップ

中岡慎太郎参考文献
https://ja.wikipedia.org/wiki/中岡慎太郎

http://www.ryoma-den.com/jinbutsu/nakaoka.html 坂本龍馬人物伝 中岡慎太郎

http://www.shotentai.com/nakaoka/nakaoka-6.html 中岡慎太郎の最期(近江屋)(翔天隊.com)


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